明日知らぬ我が身と思へど暮れぬ間の
今日は人こそ悲しかりけれ
- 歌の意味
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明日の命もわからない我が身だとは思うけれど、まだ日の暮れない今日のうちは、亡くなった人のことが悲しいことだ。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1317
詞書「紀友則身まかりにけるに詠める」
明日の命もわからない我が身だと思うけれど、まだ暮れない今日のうちは、亡くなった人のことが悲しいと詠む歌である。詞書から、紀友則が亡くなった時に詠んだ歌とわかる。友則は貫之の従兄で、ともに古今和歌集の撰者となったが、撰集の途中で没した。自分もいつ死ぬかわからない身ではあるが、生きている今はただ友の死が悲しいと、無常の理と悲しみの情とを率直に詠んでいる。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
古今和歌集の哀傷歌にも収められている。
初句「明日知らぬ」は、明日の命もわからない、の意である。
二句「我が身と思へど」は、我が身だとは思うけれど、の意で、「ど」は逆接の接続助詞である。
三句「暮れぬ間の」は、まだ日の暮れない間の、の意で、生きている今をいう。
四句「今日は人こそ」は、今日は亡くなった人のことが、の意で、初句の「明日」と「今日」、二句の「我が身」と「人」とを対比している。係助詞「こそ」は結句の已然形「けれ」で結ぶ係り結びである。
結句「悲しかりけれ」は、悲しいことだ、の意で、「けれ」は詠嘆の助動詞「けり」の已然形である。
みまかる:身罷る。亡くなる
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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沖つ波寄る荒磯をしきたへの 枕とまきてなれる君かも
- 次の歌
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夢とこそ言ふべかりけれ世の中は うつつあるものと思ひけるかな