妹山の岩根に置ける我をかも
知らずて妹が待ちつつあらん
- 歌の意味
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妹山の岩の根もとに横たわっている私のことを知らないで、妻は私の帰りを待ち続けているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1321
詞書「石見に侍りて亡くなり侍りぬべき時に臨みて」
妹山の岩の根もとに横たわる私のことを知らないで、妻は待ち続けているのだろうかと詠む歌である。詞書から、石見国にいて、まさに死のうとする時に詠んだ歌とわかる。旅先で死を迎えようとする自分の身よりも、それを知らずに家で帰りを待つ妻を思いやる心を詠み、人麻呂の辞世の歌として伝えられている。本巻の第千三百十六首で人麻呂が見た、荒磯を枕に横たわる死者の姿と、今度は自身が重なっている。
作者の「人まろ」は柿本人麻呂である。持統天皇、文武天皇の時代に仕えた宮廷歌人で、歌聖と称される。三十六歌仙に数えられる。
万葉集の巻二に、人麻呂が石見国で死に臨んで詠んだ歌として、初句を「鴨山の」とする類歌が見える。
初句「妹山の」は、妹山の、の意で、四句の「妹」と同じ語を重ねている。
二句「岩根に置ける」は、岩の根もとに横たわっている、の意で、「る」は存続の助動詞「り」の連体形である。
三句「我をかも」は、私のことを、の意で、係助詞「かも」は疑問を表し、結句の連体形「あらん」で結ぶ係り結びである。
四句「知らずて妹が」は、知らないで妻が、の意である。
結句「待ちつつあらん」は、待ち続けているのだろうか、の意で、「つつ」は継続、「ん」は推量の助動詞である。
いはね:岩根。大きな岩の根もと
いも:妹。男が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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巻向の山辺響きて行く水の 水沫のごとに世をば我が見る
- 次の歌
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手に結ぶ水に宿れる月影の あるかなきかの世にこそありけれ