春来ればたのむの雁も今はとて
帰る雲路に思ひ立つなり
- 歌の意味
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春が来ると、田の面に降りて頼りにしていた雁も、今はもうこれまでと、北へ帰る雲の道に旅立とうと思い立つようだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 36
詞書「堀河院御時、百首歌のうち、帰雁の歌とてよめる」
堀河百首で「帰雁」を題として詠んだ歌である。秋に渡って来て田の面に降り、そこを頼りとして過ごしてきた雁も、春が来ると、今はもうこれまでと、北へ帰る空の道へ旅立とうと思い立つらしいと詠む。雁の北帰を、別れを決意する人の心のように描いている。
作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子の源俊頼である。堀河院歌壇の中心として活躍し、白河院の命により金葉和歌集を撰んだ。千載和歌集の撰者藤原俊成が深く敬った歌人で、本集で最も多くの歌が採られている。
「たのむの雁」は、伊勢物語に見える歌「みよし野のたのむの雁もひたぶるに君が方にぞよると鳴くなる」以来の言い回しである。
初句「春来れば」は、春が来ると、の意である。
二句「たのむの雁も」の「たのむ」は、雁の降りる「田の面」と、頼りにする意の「頼む」との掛詞である。
三句「今はとて」は、今はもうこれまでと、の意で、別れに際しての言葉を思わせる。
四句「帰る雲路に」の「雲路」は雲の中の道、空の道をいう。本歌から第三十九首まで帰雁の歌が四首続く。
結句「思ひ立つなり」の「なり」は推定の助動詞で、旅立とうと思い立つようだ、の意となる。「立つ」には雁が飛び立つ意も重なる。
たのむ:雁の降りる「田の面」と「頼む」を掛ける
くもぢ:雲の中の道、空の道
- 作者
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源俊頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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みごもりに蘆の若葉や萌えぬらむ 玉江の沼をあさる春駒
- 次の歌
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眺むれば霞める空の浮雲と ひとつになりぬ帰る雁がね