- 歌の意味
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峰の桜は白雲のように見えるけれども、本物の雲とは違って、月の光をさえぎって隔てることはなかったのだなあ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 72
詞書「百首歌奉りける時、よみ侍りける」
崇徳院に百首歌を奉った際の作である。峰に咲く桜は白雲のように見えるけれども、本物の雲であれば月を隠してしまうのに、桜は月の光をさえぎることなく通している、と詠む。桜を白雲に見立てる見慣れた趣向を受けながら、月の光という点で雲と桜との違いを見いだした機知の歌である。
作者の「待賢門院堀河」は神祇伯源顕仲の娘である。鳥羽天皇の中宮待賢門院藤原璋子に仕えた女房で、院政期を代表する女流歌人の一人である。妹に上西門院兵衛がいる。
初句「白雲と」は、白雲のように、の意で、桜を白雲に見立てる。本巻の第六十九首、第七十首の白雲の見立てを受けている。
二句「峰の桜は」は、峰に咲く桜は、の意である。
三句「見ゆれども」の「ども」は逆接の接続助詞で、見えるけれども、の意となる。
四句「月の光は」は、雲であれば隠されるはずの月の光をいう。次歌の第七十三首も、花と月の光との取り合わせを詠む。
結句「隔てざりけり」の「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形、「けり」は気づきの詠嘆で、さえぎって隔てることはなかったのだなあ、の意となる。
へだつ:間をさえぎって離す
- 作者
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待賢門院堀河
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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春を経て匂ひを添ふる山桜 花は老いこそ盛りなりけれ
- 次の歌
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花の色に光さし添ふ春の夜ぞ 木の間の月は見るべかりける