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散りかかる花の錦は着たれども
帰らむことぞ忘られにける

歌の意味
散りかかる花の錦を身にまとってはいるが、錦を着て故郷へ帰るどころか、帰ることさえ忘れてしまった。
鑑賞
巻第二 春歌下 90

詞書「花留客といへる心をよみ侍りける」
 「花留客(花が客を引き留める)」という題で詠んだ歌である。散りかかる花びらを身に受けて、花の錦を着たようになったけれども、錦を着て故郷に帰るどころか、花に心を奪われて帰ることさえ忘れてしまった、と詠む。出世して錦を着て故郷へ帰るという中国の故事を踏まえ、花が客を引き留めるという題意を機知に富んだ形で表している。
 作者の「右近大将実房」は三条実房である。内大臣藤原公教の子で、のちに左大臣に至った。千載和歌集の成立の頃は右近衛大将であった。
 「錦を着て故郷に帰る」は、出世して晴れがましく故郷に帰ることをいう中国の故事で、「錦を衣て郷に還る」などの形で知られる。

 初句「散りかかる」は、花びらが身に散りかかる、の意である。
 二句「花の錦は」の「錦」は色とりどりの美しい織物で、身に散りかかる花びらを錦に見立てる。本巻の第八十五首「桜の衣」も散る花を衣に見立てている。
 三句「着たれども」の「たれ」は存続の助動詞「たり」の已然形で、「ども」は逆接である。錦を着たならば故郷へ帰るのが故事の常であるのに、と次へつなぐ。
 四句「帰らむことぞ」の「ぞ」は係助詞で、結句の「ける」と係り結びをなす。錦を着て帰るという故事を反転させる。
 結句「忘られにける」の「られ」は自発の助動詞「らる」の連用形で、自然と忘れてしまった、の意となる。花に引き留められて帰りを忘れるという題意「花留客」を示す。

にしき:色とりどりの糸で模様を織り出した美しい織物
作者
三条実房
出典
千載和歌集
前の歌
桜咲く比良の山風吹くままに 花になりゆく志賀の浦浪
次の歌
飽かなくに袖につつめば散る花を うれしと思ふになりぬべきかな