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思ふこと千枝にやしげき呼子鳥
信太の森のかたに鳴くなり

歌の意味
思うことが千の枝のように多くて茂っているのだろうか。呼子鳥が信太の森の方で鳴いているようだ。
鑑賞
巻第二 春歌下 107

詞書「堀河院御時、百首歌奉りける時、呼子鳥をよめる」
 堀河百首で「呼子鳥」を題として詠んだ歌である。呼子鳥がしきりに信太の森の方で鳴いているのは、楠の千の枝のように、思うことが多く茂っているからだろうか、と詠む。信太の森の楠が千の枝に分かれるという古歌の表現を踏まえ、人を呼ぶように鳴く鳥の声に、尽きない物思いを感じ取っている。落花の歌が続いたのち、ここから春の鳥や草花の歌が並ぶ。
 作者の「前中納言匡房」は大江匡房である。大江成衡の子で、学者として後三条、白河、堀河の三代の天皇に仕え、権中納言に至った。博識で知られ、堀河百首の作者の一人である。
 「和泉なる信太の森の楠の千枝に分かれて物をこそ思へ」という古歌を踏まえ、千枝に分かれる楠と物思いの多さとを結びつけている。

 初句「思ふこと」は、物思いを、の意で、鳥の心を推し量る形で示す。
 二句「千枝にやしげき」の「千枝」は多くの枝で、信太の森の楠の枝をふまえる。「や」は疑問の係助詞で、「しげき」と連体形で結ぶ。思いが千の枝のように茂っているのか、の意となる。ここで句切れとなる。
 三句「呼子鳥」は、春に人を呼ぶように鳴く鳥で、古今伝授の三鳥の一つとされ、何の鳥を指すかは定かでない。
 四句「信太の森の」の「信太の森」は和泉国の歌枕で、楠の大木で知られる。
 結句「かたに鳴くなり」の「なり」は音や声をもとに判断する推定の助動詞で、鳴いているようだ、の意である。森の方から声が聞こえてくるさまを表す。

ちえ:多くの枝
よぶこどり:春に人を呼ぶように鳴く鳥
しのだのもり:和泉国の歌枕で、楠の大木で知られる森
作者
大江匡房
出典
千載和歌集
前の歌
心なき我が身なれども津の国の 難波の春にたへずもあるかな
次の歌
今宵寝て摘みて帰らむすみれ草 小野の芝生は露しげくとも