山吹の花咲きにけりかはづ鳴く
井手の里人今や問はまし
- 歌の意味
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山吹の花が咲いた。かはづの鳴く井手の里の人を、今こそ訪ねてみようか。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 112
詞書は前の歌に続き「堀河院御時百首のうち、山吹をよめる」
前歌と同じく堀河百首の中で「山吹」を題として詠んだ歌である。山吹の花が咲いた、かはづの鳴く井手の里に住む人を、今こそ訪ねてみようか、と詠む。山吹とかはづの名所である井手を思い浮かべ、花の便りに誘われて訪ねたくなる心を軽やかに表している。
作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。堀河院歌壇で源俊頼と並び称された歌人で、千載和歌集の撰者藤原俊成の師にあたる。官位には恵まれず、従五位上にとどまった。
古今和歌集のよみ人しらずの歌「かはづ鳴く井手の山吹散りにけり花の盛りにあはましものを」を踏まえ、本歌が花の盛りに会えなかったことを悔やんだのに対し、今こそ盛りに訪ねようと詠んでいる。
初句「山吹の」は、一首の主題を示す。
二句「花咲きにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けり」は詠嘆を表し、咲いたことよ、の意となる。ここで句切れとなる。
三句「かはづ鳴く」は、四句の「井手」にかかり、井手の名物であるかはづの声を添える。本巻の第百十三首「井手のかはづ」、第百十七首「鳴くかはづかな」も、山吹とかはづとを組み合わせる。
四句「井手の里人」は、井手の里に住む人をいう。前歌の第百十一首に続いて井手を詠む。
結句「今や問はまし」の「や」は疑問、「まし」はためらいを含む意志を表し、今こそ訪ねようか、の意となる。
かはづ:カジカガエル
さとびと:里に住む人
とふ:訪ねる
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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春深み井手の川水影添はば 幾重か見えむ山吹の花
- 次の歌
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九重に八重山吹をうつしては 井手のかはづの心をぞくむ