命あらばまたもあひなむ春なれど
忍びがたくて暮らす今日かな
- 歌の意味
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命があれば、また巡り会えるであろう春ではあるが、別れの悲しみはこらえがたく、つらい思いで過ごす今日であることよ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 123
詞書「弥生の晦日によみ侍りける」
三月の末日に詠んだ歌である。命さえあれば来年もまた巡り会えるはずの春ではあるが、それでも今日で春が終わると思うと、別れのつらさはこらえがたく、悲しい思いでこの一日を過ごしている、と詠む。理屈では再会を期しながらも、心は今日の別れを惜しまずにはいられないという、春への深い愛着を表している。
作者の「中務卿具平のみこ」は具平親王である。村上天皇の第七皇子で、中務卿を務めた。後中書王と呼ばれ、詩歌や学問に優れた。
なお本文の二句は「又もあひなむ」とあり、読み仮名の行の「またもあひみむ」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「命あらば」は、未然形に「ば」が付いた仮定条件で、命があるならば、の意である。
二句「またもあひなむ」の「な」は強意の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は推量で、きっとまた会えるだろう、の意となる。
三句「春なれど」の「ど」は逆接の接続助詞で、春ではあるが、の意である。
四句「忍びがたくて」の「忍ぶ」はこらえる意で、こらえがたくて、の意となる。
結句「暮らす今日かな」の「暮らす」は日を過ごす意で、「かな」は詠嘆の終助詞である。三月尽の今日を惜しむ心を表す。次歌の第百二十四首も、春の終わりの夕暮れを詠む。
しのぶ:こらえる、我慢する
くらす:日を過ごす
- 作者
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具平親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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花は根に鳥は古巣に帰るなり 春のとまりを知る人ぞなき
- 次の歌
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ながむれば思ひやるべき方ぞなき 春の限りの夕暮の空