ながむれば思ひやるべき方ぞなき
春の限りの夕暮の空
- 歌の意味
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物思いに沈みながら眺めていると、思いを晴らすすべもない。春も今日限りという夕暮れの空よ。
- 鑑賞
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巻第二 春歌下 124
詞書は前の歌に続き「弥生の晦日によみ侍りける」
前歌と同じく、三月の末日に詠んだ歌である。春も今日で終わりという日の夕暮れの空を、物思いに沈みながら眺めていると、去ってゆく春を惜しむ思いを晴らす方法もない、と詠む。春の最後の夕暮れの空という、限られた時と広がる空間とを重ね、言葉にならない寂しさを余情豊かに描いている。
作者の「式子内親王」は後白河天皇の第三皇女である。賀茂斎院を務めたのち出家した。藤原俊成に和歌を学び、新古今時代を代表する女流歌人として知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「ながむれば」の「ながむ」は、物思いに沈みながらぼんやりと見やる意である。已然形に「ば」が付いた確定条件で、眺めていると、の意となる。
二句「思ひやるべき」の「思ひやる」は、思いを晴らす、心を慰める意である。
三句「方ぞなき」の「方」は方法、手だてのことで、「ぞ」は係助詞で「なき」と連体形で結ぶ。思いを晴らすすべもない、の意で、ここで句切れとなる。
四句「春の限りの」は、春の最後の、の意で、詞書の三月尽を受ける。
結句「夕暮の空」は体言止めで、春が終わろうとする夕暮れの空を示し、余情を残して結ぶ。前歌の第百二十三首「暮らす今日かな」が一日を詠んだのに対し、本歌はその一日の果ての夕暮れを詠む。
ながむ:物思いに沈みながらぼんやりと見やる
おもひやる:思いを晴らす、心を慰める
かぎり:最後、終わり
- 作者
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式子内親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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命あらばまたもあひなむ春なれど 忍びがたくて暮らす今日かな
- 次の歌
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暮れてゆく春は残りもなきものを 惜しむ心の尽きせざるらん