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風越を夕越えくれば時鳥
麓の雲の底に鳴くなり

歌の意味
風越の峰を夕方に越えて来ると、時鳥が麓にかかる雲の奥深くで鳴いているのが聞こえる。
鑑賞
巻第三 夏歌 158

詞書「郭公の歌とてよめる」
 「時鳥」を題として詠んだ歌である。夕暮れに風越の峰を越えて来ると、眼下の麓にかかる雲の奥深くから時鳥の声が聞こえる、と詠む。高い峰の上から見下ろす雲の中で鳴く時鳥という構図で、ふつう見上げるはずの雲を見下ろす旅人の視点が新鮮である。
 作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学を受け継いだ当代屈指の歌学者で、「袋草紙」などの歌学書を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。

 初句「風越を」の「風越」は信濃国の風越の峰で、歌枕である。
 二句「夕越えくれば」は、夕方に越えて来ると、の意で、已然形に「ば」が付いた確定条件となる。
 三句「時鳥」は、四句以下の主語を示す。
 四句「麓の雲の」は、峰から見下ろす麓にかかる雲の、の意である。前歌の第百五十七首が山にかかる雲を見上げたのに対し、本歌は峰の上から麓の雲を見下ろしており、上下の視点が反転している。
 結句「底に鳴くなり」の「なり」は音や声をもとに判断する推定の助動詞である。前歌の第百五十七首と同じ結句で、二首を対にしている。

かざこし:信濃国の風越の峰で、歌枕
ふもと:山のすそ
作者
藤原清輔
出典
千載和歌集
前の歌
時鳥なほ初声をしのぶ山 夕ゐる雲の底に鳴くなり
次の歌
一声はさやかに鳴きて時鳥 雲路はるかに遠ざかるなり