名残なく過ぎぬなるかな時鳥
去年語らひし宿と知らずや
- 歌の意味
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名残も残さず通り過ぎてしまうようだなあ、時鳥よ。去年は親しく語らった宿だと知らないのか。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 162
詞書「郭公のうたとてよみ侍りける」
「時鳥」を題として詠んだ歌である。時鳥が立ち寄りもせず、名残も残さずに通り過ぎてしまうようだ、去年はここで親しく鳴いてくれた宿であるのを知らないのか、と恨む。時鳥を去年語らった旧知の人のように扱い、素通りされる寂しさを、恋人に忘れられた恨みのような口調で表している。
作者の「権大納言実国」は藤原実国である。内大臣藤原公教の子で、権大納言に至った。笛の名手としても知られる。
初句「名残なく」は、名残も残さず、の意である。
二句「過ぎぬなるかな」の「ぬ」は完了の助動詞、「なる」は音や声をもとに判断する推定の助動詞「なり」の連体形で、「かな」は詠嘆である。声だけを残して通り過ぎてしまうようだ、の意で、ここで句切れとなる。
三句「時鳥」は、時鳥への呼びかけである。
四句「去年語らひし」の「語らふ」は親しく語り合う意で、時鳥が鳴くことを人と語らうことになぞらえる。
結句「宿と知らずや」の「や」は疑問で、宿だと知らないのか、と問いかける。本巻の第百六十五首「過ぎぬるか」も、過ぎ去った時鳥を詠む。
なごり:物事の過ぎ去ったあとに残る気配や余韻
かたらふ:親しく語り合う
こぞ:去年
- 作者
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藤原実国
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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時鳥鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる
- 次の歌
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夕月夜いるさの山の木隠れに ほのかにも鳴く時鳥かな