時鳥聞きも分かれぬ一声に
四方の空をもながめつるかな
- 歌の意味
-
時鳥の、どこで鳴いたとも聞き分けられない一声のために、四方の空をすっかり見渡してしまったことだ。
- 鑑賞
-
巻第三 夏歌 164
詞書は前の歌に続き「郭公のうたとてよみ侍りける」
前歌と同じく「時鳥」を題として詠んだ歌である。時鳥がただ一声鳴いたが、どの方角で鳴いたのか聞き分けられなかったので、思わず四方の空を見回してしまった、と詠む。たった一声に心を奪われて空を見渡す姿に、時鳥の声を待ちわびていた心がよく表れている。
作者の「前左衡門督公光」は藤原公光である。本文の「左衡門督」は「左衛門督」の誤りと見られる。権中納言藤原季成の子で、権中納言、左衛門督を務めたが、のちに解官された。
初句「時鳥」は、一首の主題を示す。
二句「聞きも分かれぬ」の「分かれ」は聞き分けられる意で、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形である。どの方角とも聞き分けられない、の意となる。
三句「一声に」は、ただ一度の鳴き声のために、の意である。本巻の第百五十五首「夜半の一声」、第百五十九首「一声は」とともに、時鳥の一声を詠む。
四句「四方の空をも」の「四方」は東西南北、あたり一帯をいう。
結句「ながめつるかな」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形、「かな」は詠嘆である。本巻の第百六十一首が鳴いた方を眺めて月を見たのに対し、本歌は方角がわからず四方を見渡す。
よも:四方、あたり一帯
ききわく:聞き分ける
- 作者
-
藤原公光
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
夕月夜いるさの山の木隠れに ほのかにも鳴く時鳥かな
- 次の歌
-
過ぎぬるか夜半の寝覚めの時鳥 声は枕にある心地して