さりともと嘆き嘆きて過ぐしつる
年も今宵に暮れ果てにけり
- 歌の意味
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それでもいつかはと思いながら、嘆きに嘆いて過ごしてきたこの一年も、今宵ですっかり暮れ果ててしまった。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 470
詞書「こもりゐて侍りける年の暮れに、よみ侍りける」
家にこもっていた年の暮れに詠んだ歌である。それでもいつかはと思いながら、嘆きに嘆いて過ごしてきたこの一年も、今宵ですっかり暮れ果ててしまった、と詠む。望みをつなぎながら過ごした一年が、何も報われないまま終わってしまう嘆きを詠んでいる。
作者の「前左衛門督公光」は藤原公光である。権中納言藤原季成の子で、権中納言、左衛門督を務めた。
第四百六十九首から本巻の巻末の第四百七十五首までの七首は、年の暮れを詠む歌である。巻第五の巻末の第三百八十六首は「今宵まで秋は限れ」と秋の最後の夜を詠んだ。本歌は「年も今宵に」と年の最後の夜を詠み、秋の終わりと年の終わりという、異なる尺度の終わりを同じ「今宵」の語で詠んでいる。
初句「さりともと」は、そうであっても、それでもいつかは、の意で、かすかな望みをつなぐ心を示す。
二句「嘆き嘆きて」は、嘆きに嘆いて、の意で、同じ語を重ねて嘆きの深さを強める。
三句「過ぐしつる」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、過ごしてきた、の意である。
四句「年も今宵に」の「も」は、自分の望みばかりでなく年までも、の意を添える。巻第五の巻末の第三百八十六首の「今宵まで」と同じ語である。
結句「暮れ果てにけり」の「暮れ果つ」はすっかり暮れてしまう意で、「けり」は詠嘆の助動詞である。
くれはつ:すっかり暮れてしまう
こもりゐる:家などに引きこもる
- 作者
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藤原公光
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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かき暗しこし路も見えず降る雪に いかでか年の帰りゆくらん
- 次の歌
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あはれにも暮れゆく年の日数かな 帰らむことは夜の間と思ふに