五月雨に思ひこそやれいにしへの
草の庵の夜半のさびしさ
- 歌の意味
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五月雨の降る中で、しみじみと思いやられることだ。昔の人が住んだ草の庵の、夜更けの寂しさが。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 177
詞書「題しらず」
五月雨の降り続く夜に、昔の人が住んだ草の庵の、雨の夜更けの寂しさがしみじみと思いやられる、と詠む。白居易の詩句「廬山の雨の夜草庵の中」を踏まえるとされ、都の雨夜にありながら、遠い昔の隠者の雨夜の孤独に心を寄せている。ここから五月雨を詠む歌が続く。
作者の「延久三親王輔仁」は輔仁親王である。延久の帝と呼ばれた後三条天皇の第三皇子で、皇位を継ぐことはなかったが、詩歌に優れた。花園左大臣源有仁の父にあたる。
本歌から第百八十七首までの十一首は、五月雨を詠む一連である。
初句「五月雨に」は、五月雨の降る中で、の意である。前歌の第百七十六首と同じ初句で、花橘の一連から五月雨の一連へと受け渡している。
二句「思ひこそやれ」の「思ひやる」は遠く思いを馳せる意で、「こそ」は係助詞で、「やれ」と已然形で結ぶ。ここで句切れとなる。
三句「いにしへの」は、昔の、の意で、昔の隠者を思わせる。
四句「草の庵の」は、草で屋根を葺いた粗末な住まいの、の意である。
結句「夜半のさびしさ」は体言止めで、雨の夜更けの寂しさをいう。次歌の第百七十八首も「賤の庵」の五月雨を詠む。
いほり:草木で造った粗末な住まい
おもひやる:遠く思いを馳せる
- 作者
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輔仁親王
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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五月雨に花橘の香る夜は 月澄む秋もさもあらばあれ
- 次の歌
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いとどしく賤の庵のいぶせきに 卯の花腐し五月雨ぞする