古典和歌stream

秋来れば秋の気色も見えけるは
時ならぬ身と何にいふらん

歌の意味
秋が来れば、秋の気配もちゃんと見えたというのに、どうしてわが身を、時節に合わない身などと言うのだろうか。
鑑賞
巻第十八 雑歌下 1185

詞書「題しらず」
 秋が来れば秋の気色も見えたのに、何をもって時ならぬ身と言うのだろうか、と詠む。季節がめぐれば時節にかなった景色が現れるのに、自分を時に合わない身と言うのはなぜかと、わが身の不遇をあえて理屈めかして問い返したところに、誹諧の趣がある。
 作者の「輔仁のみこ」は後三条天皇の第三皇子である。皇位継承を望まれながら即位することなく、三宮と呼ばれ、詩歌に優れた。
 誹諧歌の一連の六首目で、ここから秋の歌となる。

 初句「秋来れば」は、秋が来ると、の意である。
 二句「秋の気色も」の「気色」は様子、気配の意で、初句と「秋」を重ねている。
 三句「見えけるは」の「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形で、見えたのに、の意で下に続く。
 四句「時ならぬ身と」の「時ならぬ」は、時節に合わない、時を得ない、の意で、不遇の身を言う。
 結句「何にいふらん」は、何によってそう言うのだろうか、の意で、「らん」は現在推量の助動詞である。

けしき:様子、気配
みこ:天皇の子、親王
作者
輔仁親王
出典
千載和歌集
前の歌
夏のうちははたかくれてもあらずして おりたちにける虫の声かな
次の歌
朝露を日たけて見れば跡もなし 萩の末葉にものや問はまし