いとどしく賤の庵のいぶせきに
卯の花腐し五月雨ぞする
- 歌の意味
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身分の低い者の粗末な庵が、ただでさえいっそう気のふさぐところに、卯の花を腐らせるほどの五月雨が降り続いている。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 178
詞書「堀河院御時、百首歌奉りける時、五月雨の歌とてよめる」
堀河百首で「五月雨」を題として詠んだ歌である。身分の低い者の粗末な庵は、ただでさえ気のふさぐものであるのに、そこへ卯の花を腐らせるほどの五月雨が降り続き、いっそう憂鬱になる、と詠む。卯の花を腐らせる長雨を「卯の花腐し」と呼ぶ語を生かし、初夏の卯の花の季節から梅雨の季節への移りを示している。
作者の「藤原基俊」は右大臣藤原俊家の子である。堀河院歌壇で源俊頼と並び称された歌人で、千載和歌集の撰者藤原俊成の師にあたる。官位には恵まれず、従五位上にとどまった。
なお本文の結句は「五月雨そする」とあり、読み仮名の行の「さみたれそふる」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「いとどしく」は、いっそう甚だしく、の意で、三句の「いぶせき」にかかる。
二句「賤の庵の」は、身分の低い者の粗末な住まいの、の意である。前歌の第百七十七首「草の庵」に続き、庵の五月雨を詠む。
三句「いぶせきに」の「いぶせし」は、気が晴れない、うっとうしい意である。
四句「卯の花腐し」は、卯の花を腐らせるほど降り続く長雨をいう。本巻の第百三十九首から第百四十四首まで詠まれた卯の花を、ここで五月雨が朽ちさせる。
結句「五月雨ぞする」の「ぞ」は係助詞で、「する」と連体形で結ぶ。五月雨が降っている、の意である。
うのはなくたし:卯の花を腐らせるほど降り続く長雨
しづ:身分の低い者
いほり:草木で造った粗末な住まい
- 作者
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藤原基俊
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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五月雨に思ひこそやれいにしへの 草の庵の夜半のさびしさ
- 次の歌
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おぼつかないつか晴るべきわび人の 思ふ心やさみだれの空