照射する火串の松も燃え尽きて
帰るに迷ふ下つ闇かな
- 歌の意味
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照射の火串の松明もすっかり燃え尽きて、帰り道に迷ってしまう、月の出の遅い下旬の闇であることよ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 198
詞書は前の歌に続き「ともしの歌とてよめる」
前歌と同じく「照射」を題として詠んだ歌である。照射の火串に挿した松明もすっかり燃え尽きてしまい、月の出の遅い下旬の夜の闇の中で、帰り道に迷ってしまう、と詠む。前歌が松明の燃え尽きないうちに明けると詠んだのに対し、本歌は松明が燃え尽きてもなお明けない闇を詠み、二首は対照をなしている。
作者の「源仲正」は兵庫頭源頼綱の子である。兵庫頭などを務め、源頼政の父にあたる。
初句「照射する」は、本巻の第百九十四首、第百九十七首と同じ初句である。
二句「火串の松も」は、前歌の第百九十七首と同じ句である。
三句「燃え尽きて」は、すっかり燃え尽きて、の意である。前歌の「消えなくに」と反対の状況を示す。
四句「帰るに迷ふ」は、狩りから帰る道に迷う、の意である。
結句「下つ闇かな」の「下つ闇」は、陰暦で月の下旬の、月の出が遅く宵が暗い頃の闇をいう。「かな」は詠嘆である。前歌の第百九十七首が明けてゆく雲を詠んだのに対し、本歌は明けない闇を詠む。
しもつやみ:陰暦で月の下旬の、月の出が遅く宵が暗い頃の闇
もえつく:燃え尽きる
- 作者
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源仲正
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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照射する火串の松も消えなくに 外山の雲の明けわたるらん
- 次の歌
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山深み火串の松は尽きぬれど 鹿におもひをなほかくるかな