山深み火串の松は尽きぬれど
鹿におもひをなほかくるかな
- 歌の意味
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山が深いので、火串の松明は燃え尽きてしまったけれど、それでもなお鹿に思いの火をかけ続けることだ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 199
詞書は前の歌に続き「ともしの歌とてよめる」
前歌と同じく「照射」を題として詠んだ歌である。山が深いので狩りが長引き、火串の松明は燃え尽きてしまったが、それでもなお鹿をあきらめきれず、思いの火をかけ続ける、と詠む。「おもひ」の「ひ」に「火」を掛け、尽きた松明の火に対して、尽きることのない狩人の思いの火を描いている。
作者は明らかでなく、よみ人しらずとして収められている。
初句「山深み」の「み」は原因を表す接尾語で、山が深いので、の意である。
二句「火串の松は」は、照射の松明は、の意である。本巻の第百九十七首、第百九十八首と同じく火串の松を詠む。
三句「尽きぬれど」の「ぬれ」は完了の助動詞「ぬ」の已然形、「ど」は逆接で、尽きてしまったけれど、の意である。前歌の第百九十八首「燃え尽きて」を受ける。
四句「鹿におもひを」の「おもひ」は、鹿を求める「思ひ」と「火」とを掛ける。
結句「なほかくるかな」の「かくる」は火を掛ける意と思いを掛ける意とを重ね、「かな」は詠嘆である。尽きた松明に対し、尽きない思いの火を示す。
おもひ:鹿を求める「思ひ」と「火」を掛ける
ほぐし:照射の松明を挟んで立てる木の串
かく:火や思いを向ける、掛ける
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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照射する火串の松も燃え尽きて 帰るに迷ふ下つ闇かな
- 次の歌
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照射する火串をまつと思へばや あひ見てしかの身をば替ふらん