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照射する火串をまつと思へばや
あひ見てしかの身をば替ふらん

歌の意味
照射の火串の松明を、自分を待つ恋人だと思うからだろうか。鹿は「逢いたい」と願うあまり、その身を引き換えにするのだろう。
鑑賞
巻第三 夏歌 200

詞書は前の歌に続き「ともしの歌とてよめる」
 前歌と同じく「照射」を題として詠んだ歌である。鹿が照射の火に近づいて射られてしまうのは、火串の松明を、自分を待つ恋の相手と思い違えるからだろうか、逢いたい一心で、その身と引き換えにするのだろう、と詠む。「まつ」に「松」と「待つ」、「しか」に願望の「てしか」と「鹿」とを掛け、照射に命を落とす鹿の哀れを、恋に身を捨てる心になぞらえている。照射の一連はここで結ばれる。
 作者の「賀茂重保」は賀茂神主賀茂重継の子である。賀茂別雷社の神主を務め、俊恵の歌林苑にも加わった。私撰集「月詣和歌集」を編んだことで知られる。

 初句「照射する」は、本巻の第百九十四首、第百九十七首、第百九十八首と同じ初句で、照射の一連を結ぶ。
 二句「火串をまつと」の「まつ」は、照射の「松」明と、恋人を「待つ」意とを掛ける。
 三句「思へばや」の「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と係り結びをなす。思うからだろうか、の意である。
 四句「あひ見てしかの」の「てしか」は願望を表し、逢いたいものだ、の意で、その「しか」に「鹿」を掛ける。
 結句「身をば替ふらん」の「替ふ」は引き換える意で、「らん」は現在推量の助動詞の連体形で、「や」の結びとなる。本巻の第百九十六首が照射の火に照らされる鹿を詠んだのに続き、本歌はその火に身を捨てる鹿の心を推し量る。

まつ:照射の「松」明と、「待つ」意を掛ける
しか:願望の「てしか」と、「鹿」を掛ける
かふ:引き換える
作者
賀茂重保
出典
千載和歌集
前の歌
山深み火串の松は尽きぬれど 鹿におもひをなほかくるかな
次の歌
昔わが集めしものを思ひ出でて 見馴れ顔にも来る蛍かな