昔わが集めしものを思ひ出でて
見馴れ顔にも来る蛍かな
- 歌の意味
-
昔、私が学問のために集めたことを思い出してか、いかにも見馴れた顔つきでやって来る蛍であることよ。
- 鑑賞
-
巻第三 夏歌 201
詞書「百首歌奉りける時、蛍の歌とてよめる」
崇徳院に百首歌を奉った際に、「蛍」を題として詠んだ歌である。昔、自分が学問のために蛍を集めて灯りにしたことを思い出したのか、蛍がいかにも見馴れた顔つきで寄って来る、と詠む。蛍の光で書を読んだという車胤の故事を踏まえ、作者自身を故事の学生になぞらえて、蛍を旧知の友のように親しく描いている。ここから蛍の歌が続く。
作者の「藤原季通朝臣」は権大納言藤原宗通の子である。太政大臣藤原伊通の弟にあたり、琵琶や箏など管弦の名手としても知られた。崇徳院の久安百首の作者の一人である。
晋の車胤が、貧しくて灯油を買えず、蛍を集めてその光で書を読んだという「蛍雪」の故事を踏まえる。
初句「昔わが」は、昔私が、の意である。
二句「集めしものを」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、集めたことを、の意である。車胤の故事を踏まえ、蛍を集めて学んだことをいう。
三句「思ひ出でて」は、蛍がそれを思い出して、の意である。
四句「見馴れ顔にも」の「見馴れ顔」は、見馴れているような顔つきをいい、蛍を旧知の友のように描く。
結句「来る蛍かな」の「かな」は詠嘆である。次歌の第二百二首も蛍を詠む。
みなれがほ:見馴れているような顔つき
- 作者
-
藤原季通
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
照射する火串をまつと思へばや あひ見てしかの身をば替ふらん
- 次の歌
-
あはれにも操に燃ゆる蛍かな 声立てつべきこの世と思ふに