見るがなほこの世のものと覚えぬは
唐撫子の花にぞありける
- 歌の意味
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見れば見るほど、やはりこの世のものとは思われないのは、この唐撫子の花なのであった。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 206
詞書「撫子の花盛りなりけるを見てよめる」
撫子の花が盛りに咲いているのを見て詠んだ歌である。見れば見るほど、やはりこの世のものとは思えない美しさなのは、この唐撫子の花であった、と詠む。異国から渡った「唐」撫子の名を生かし、この世ならぬ美しさをたたえた一首である。
作者の「和泉式部」は越前守大江雅致の娘である。和泉守橘道貞の妻となり、のちに一条天皇の中宮藤原彰子に仕えた。情熱的な恋の歌で知られ、小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「見るがなほ」の「なほ」は、やはり、いっそう、の意で、見ているとやはり、の意となる。
二句「この世のものと」は、この世のものと、の意である。本巻の第二百二首「この世と思ふに」、第二百五首「この世にも」に続き、「この世」の語が重ねて現れる。
三句「覚えぬは」の「覚ゆ」は思われる意、「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形である。
四句「唐撫子の」の「唐撫子」は中国から渡来した撫子で、石竹とも呼ばれる。「唐」の語が、この世のものならぬ異国の美しさを思わせる。
結句「花にぞありける」の「ぞ」は係助詞で、「ける」と連体形で結ぶ。次歌の第二百七首も撫子の異名「常夏」を詠む。
からなでしこ:中国から渡来した撫子で、石竹とも呼ばれる
おぼゆ:思われる
- 作者
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和泉式部
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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早瀬川澪さかのぼる鵜飼舟 まづこの世にもいかが苦しき
- 次の歌
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常夏の花も忘れて秋風を 松の陰にて今日は暮れぬる