夕立のまだ晴れやらぬ雲間より
同じ空とも見えぬ月かな
- 歌の意味
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夕立の雲がまだすっかりは晴れきらない切れ間から、先ほどと同じ空とも思えないほど澄んだ月が見えることだ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 217
詞書「雨後月明といへる心をよめる」
「雨後月明(雨の後の月の明るさ)」という題で詠んだ歌である。夕立の雲がまだすっかりは晴れきらないうちに、その切れ間から月がのぞく、雨に洗われたその澄んだ光は、先ほどまで夕立の降っていた空と同じ空とは思えない、と詠む。激しい夕立と澄みわたる月との対比によって、雨上がりの夏の夜の清新な美しさを描いている。夏の月の一連はここで結ばれる。
作者の「俊恵法師」は源俊頼の子で、東大寺の僧となった。京の白川の自坊を歌林苑と名づけて多くの歌人を集め、鴨長明の師としても知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「夕立の」は、夏の夕方に激しく降るにわか雨の、の意である。
二句「まだ晴れやらぬ」の「やらぬ」は、すっかり〜しきらない意で、まだ晴れきらない、の意となる。
三句「雲間より」は、雲の切れ間から、の意である。本巻の第百八十八首「雲の晴れ間に月冴えて」も、雨雲の晴れ間の月を詠む。
四句「同じ空とも」は、先ほど夕立の降っていたのと同じ空とも、の意である。
結句「見えぬ月かな」の「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形、「かな」は詠嘆である。雨に洗われて澄んだ月の美しさを示す。
ゆふだち:夏の夕方に激しく降るにわか雨
くもま:雲の切れ間
はれやる:すっかり晴れきる
- 作者
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俊恵
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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夏の夜の月の光はさしながら いかにあけぬる天の戸ならん
- 次の歌
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小萩原まだ花咲かぬ宮城野の 鹿や今宵の月に鳴くらん