八重葎さしこもりにし蓬生に
いかでか秋の分けて来つらん
- 歌の意味
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幾重にも葎が生い茂り、閉ざしこもってしまったこの蓬の宿に、どうやって秋は草を分けて訪ねて来たのだろうか。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 229
詞書は前の歌に続き「百首歌奉りける時、秋立つ心をよめる」
前歌と同じく久安百首で「立秋」の心を詠んだ歌である。幾重にも葎が生い茂り、門を閉ざしてこもってしまった蓬の宿には人も訪れないのに、どうやって秋は草を分けて訪ねて来たのだろうか、と詠む。秋を人のように擬人化し、荒れ果てた宿に人より先に秋が訪れる寂しさを表している。
作者の「皇太后宮大夫俊成」は藤原俊成である。権中納言藤原俊忠の子で、皇太后宮大夫を務め、正三位に至った。後白河院の院宣を受けて千載和歌集を撰んだ撰者その人であり、小倉百人一首にも歌が採られている。
拾遺和歌集の恵慶法師の歌「八重葎しげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり」を踏まえ、人は来ないのに秋は来るという趣向を、秋がいかにして葎を分けて来たのかと問う形に詠み変えている。
初句「八重葎」は、幾重にも生い茂った葎で、荒れた宿のさまを表す。恵慶法師の歌の初句をそのまま用いる。
二句「さしこもりにし」は、門を閉ざしてこもってしまった、の意で、「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形である。
三句「蓬生に」の「蓬生」は、蓬の生い茂った荒れた所をいい、訪れる人のない住まいを示す。
四句「いかでか秋の」の「いかでか」は、どのようにして、の意で、「か」は疑問の係助詞として結句の「らん」と係り結びをなす。秋を訪れる人に見立てる。
結句「分けて来つらん」の「つ」は完了、「らん」は現在推量の助動詞「らむ」の連体形で、「か」の結びとなる。茂る葎を分けて来たのだろうか、と推し量る。前歌の第二百二十八首に続き、秋の訪れを詠む。
やへむぐら:幾重にも生い茂った葎で、荒れた宿の象徴
さしこもる:門を閉ざして引きこもる
よもぎふ:蓬が生い茂った荒れた所
- 作者
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藤原俊成
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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秋の来るけしきの森の下風に 立ち添ふものはあはれなりけり
- 次の歌
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秋は来ぬ年も半ばに過ぎぬとや 荻吹く風のおどろかすらん