秋は来ぬ年も半ばに過ぎぬとや
荻吹く風のおどろかすらん
- 歌の意味
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秋は来た、一年ももう半ばを過ぎたと知らせようとして、荻を吹く風がはっとさせるのだろうか。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 230
詞書「初秋の心をよめる」
「初秋」の心を詠んだ歌である。秋は来た、一年ももう半ばを過ぎてしまったと知らせようとして、荻を吹く風が人をはっとさせるのだろうか、と詠む。立秋を一年の折り返しとしてとらえ、季節の移りだけでなく、年月の過ぎゆく速さへの驚きを荻の風の音に託している。
作者の「寂然法師」は俗名を藤原頼業といい、丹後守藤原為忠の子である。出家して大原に住み、兄の寂念、寂超とともに常磐三寂、大原三寂と呼ばれた。西行とも親しく交わった。
古今和歌集の藤原敏行の歌「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」の「おどろく」を受け、風が人を「おどろかす」と詠む。巻頭の第二百二十六首が一日の風の変化をとらえたのに対し、本歌は一年という尺度で秋の訪れを受け止めている。
初句「秋は来ぬ」の「ぬ」は完了の助動詞で、秋は来た、と言い切る。
二句「年も半ばに」は、一年も半分に、の意である。立秋を一年の折り返しとみる。
三句「過ぎぬとや」の「ぬ」は完了、「とや」は、〜と言って〜だろうか、の意で、「や」は疑問の係助詞として結句の「らん」と係り結びをなす。
四句「荻吹く風の」は、荻の葉を吹く風が、の意である。本巻巻頭の第二百二十六首「荻の葉風」と同じく、荻に吹く風で秋を知る。
結句「おどろかすらん」の「おどろかす」ははっと気づかせる意で、「らん」は現在推量の助動詞の連体形として「や」の結びとなる。敏行の歌の「おどろかれぬる」を受け、風の側から人を驚かせると詠む。
おどろかす:はっと気づかせる、目を覚まさせる
- 作者
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寂然
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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八重葎さしこもりにし蓬生に いかでか秋の分けて来つらん
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木の葉だに色づくほどはあるものを 秋風吹けば散る涙かな