古典和歌stream

秋来れば思ひ乱るる刈萱の
下葉や人の心なるらん

歌の意味
秋が来ると、思い乱れるように乱れなびく刈萱の、その下葉こそ、人の心の奥なのだろうか。
鑑賞
巻第四 秋歌上 242

詞書「堀河院御時、百首の歌奉りける時、刈萱をよみ侍りける」
 堀河百首で「刈萱」を題として詠んだ歌である。秋が来ると乱れなびく刈萱は、人が思い乱れるさまそのもので、その下葉こそ、人の心の奥にひそむ思いなのだろうか、と詠む。乱れるものとして詠まれる刈萱の性質に人の心を重ね、外からは見えない下葉に秋の物思いを託している。
 作者の「大納言師頼」は源師頼である。左大臣源俊房の子で、大納言に至った。堀河百首の作者の一人である。
 本歌から第二百四十六首までは、第二百四十五首の花すすきをはさみ、刈萱を詠む歌が続く。第二百四十三首と第二百四十六首はともに結句を「野辺の刈萱」とし、第二百四十四首は「野路の刈萱」とする。

 初句「秋来れば」は、秋が来ると、の意である。本巻の第二百五十七首も同じ初句で詠み起こす。
 二句「思ひ乱るる」は、思い乱れる、の意で、乱れなびく刈萱のさまと人の心の乱れとを重ねる。
 三句「刈萱の」の「刈萱」はイネ科の草で、乱れなびくさまが歌に詠まれた。
 四句「下葉や人の」の「下葉」は草の下の方の葉で、心の奥の思いをたとえる。「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と係り結びをなす。
 結句「心なるらん」の「らん」は現在推量の助動詞の連体形で、「や」の結びとなる。刈萱の下葉を人の心と見立てる。

かるかや:イネ科の草で、乱れなびくさまが歌に詠まれた
したば:草木の下の方の葉で、ここでは心の奥の思いをたとえる
作者
源師頼
出典
千載和歌集
前の歌
天の川心をくみて思ふにも 袖こそ濡るれ暁の空
次の歌
おしなべて草葉の上を吹く風に まづ下折るる野辺の刈萱