- 歌の意味
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何ということもなく、もの悲しい。菅原の伏見の里の、秋の夕暮は。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 260
詞書「題しらず」
これといった理由もないのに、何となくもの悲しい、菅原の伏見の里の秋の夕暮れは、と詠む。悲しみの理由を言わずに「なにとなく」と言い、荒れた古里として詠まれてきた伏見の里の秋の夕暮れという景だけを示して、言葉にならない寂しさを余情として残している。
作者の「源俊頼朝臣」は大納言源経信の子である。堀河院歌壇の中心的な歌人で、白河院の院宣を受けて金葉和歌集を撰び、歌論書「俊頼髄脳」を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
古今和歌集のよみ人しらずの歌「いざここに我が世は経なむ菅原や伏見の里の荒れまく惜しも」以来、菅原の伏見の里は荒れゆく古里として詠まれてきた。前歌の第二百五十九首の深草の里に続き、本歌は伏見の里を詠み、ともに荒れた里の秋の夕べの寂しさを描いている。
初句「なにとなく」は、これといった理由もなく、の意である。
二句「物ぞ悲しき」の「ぞ」は係助詞で、「悲しき」と連体形で結ぶ。ここで句切れとなり、三句以下と倒置の関係にある。
三句「菅原や」の「菅原」は大和国の地名で、「や」は詠嘆を表す間投助詞として四句の「伏見」を導く。
四句「伏見の里の」の「伏見の里」は大和国菅原にあった里で、荒れた古里として詠まれた。前歌の第二百五十九首「深草の里」と同じく「の里」を詠む。
結句「秋の夕暮」は体言止めで、もの悲しさの源となる景を最後に示す。本巻の第二百三十五首、第二百七十八首「夕暮の空」も秋の夕暮れを詠む。
すがはら:大和国の地名、菅原
ふしみのさと:大和国菅原にあった里で、荒れた古里として詠まれた
- 作者
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源俊頼
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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夕されば野辺の秋風身にしみて 鶉鳴くなり深草の里
- 次の歌
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さまざまの花をば宿に移し植ゑつ 鹿の音誘へ野辺の秋風