- 歌の意味
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玉のような波を寄せる浦辺の風に空が晴れて、波の玉と光を交わしあう、秋の夜の月よ。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 282
詞書「百首歌召しける時、月の歌とてよませ給うける」
崇徳院が百首歌を召した際に、院みずから「月」を題として詠んだ歌である。玉のような白波を寄せる浦辺の風に雲が吹き払われて空が晴れ、秋の夜の月が、波の玉と光を交わしあっている、と詠む。空の月と浦の波とが互いに照らしあう、明るく澄んだ海辺の月夜を描いている。
作者の「崇徳院御製」は崇徳天皇の詠である。鳥羽天皇の第一皇子で、保元の乱に敗れて讃岐に配流され、その地で没した。和歌を深く愛し、久安百首を召したことでも知られる。小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第二百八十五首までの四首は、崇徳院の召した久安百首の月の歌である。本歌の「浦わの風に空晴れて」と第二百八十五首の「浦吹く風に霧晴れて」とは、同じく浦の風に空が晴れて月が澄む景を詠み、一連の初めと終わりで呼応している。
初句「玉寄する」は、玉のような白波を寄せる、の意で、二句の「浦わ」にかかる。
二句「浦わの風に」の「浦わ」は浦の湾曲したところ、浦辺をいう。本巻の第二百八十五首「浦吹く風に」と同じく、浦の風を詠む。
三句「空晴れて」は、風に雲が払われて空が晴れて、の意である。本巻の第二百八十五首「霧晴れて」と対応する。
四句「光を交はす」は、月と波の玉とが互いに光を交わしあう、の意である。
結句「秋の夜の月」は体言止めで、一首の主題を最後に示す。本巻の第二百八十六首、第二百九十二首も同じ結句を置く。
うらわ:浦の湾曲したところ、浦辺
- 作者
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崇徳院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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明日も来む野路の玉川萩越えて 色なる波に月宿りけり
- 次の歌
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さ夜更けて富士の高嶺に澄む月は 煙ばかりや曇りなるべき