更けにける我がよの秋ぞあはれなる
傾く月はまたも出でなん
- 歌の意味
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夜が更けるように、すっかり老いてしまったわが人生の秋こそ、しみじみと悲しい。西に傾く月は、またいつか出てくるだろうけれども。
- 鑑賞
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巻第四 秋歌上 297
詞書「題しらず」
夜が更けるように年老いてしまったわが人生の秋こそ、しみじみと悲しい、西に傾いてゆく月は、また次の夜に出てくるだろうが、と詠む。沈んでもまた出る月と、二度と若返ることのない自らの老いとを対比し、人生の晩年への深い嘆きを月の夜に託している。
作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学を受け継いだ当代屈指の歌学者で、「袋草紙」などの歌学書を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第三百首までは、月を前にしたわが身の嘆きを詠む歌が続く。
初句「更けにける」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「ける」は「けり」の連体形で、更けてしまった、の意である。夜が更けることと、年が老いることとを重ねる。
二句「我がよの秋ぞ」の「よ」は、人の一生の意の「世」と、更けるものとしての「夜」とを掛ける。「秋」は人生の晩年をたとえる。「ぞ」は係助詞で、三句の「なる」と係り結びをなす。
三句「あはれなる」は、しみじみと悲しい、の意で、「ぞ」の結びとなる。ここで句切れとなる。
四句「傾く月は」の「傾く」は、月が西に沈みかける意である。
結句「またも出でなん」の「な」は強意の助動詞「ぬ」の未然形、「ん」は推量で、またきっと出るだろう、の意となる。再び出る月と二度と戻らぬ身とを対比させる。
よ:人の一生の意の「世」と、更けるものとしての「夜」を掛ける
かたぶく:月が西に沈みかける
- 作者
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藤原清輔
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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浅茅原葉末に結ぶ露ごとに 光を分けて宿る月影
- 次の歌
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身の憂さの秋は忘るるものならば 涙曇らで月は見てまし