- 歌の意味
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山里で夜明け前に聞く鹿の声は、夜通し感じてきたしみじみとした思いの極みなのだった。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 319
詞書は前の歌に続き「鹿の歌とてよめる」
「鹿の歌」として詠んだ歌である。山里で夜明け前に聞く鹿の声こそ、夜通し感じてきたしみじみとした思いの極みであった、と詠む。一夜のあわれが積み重なり、明け方の鹿の声で頂点に達することを、断定の形で言い切っている。
作者の「法印慈円」は関白藤原忠通の子である。天台座主を四度務め、史論書「愚管抄」を著した。家集に「拾玉集」があり、小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌は、「鹿の歌」として詠まれた第三百十七首から第三百二十五首までの九首の一連の三首目である。
初句「山里の」は、場所を示す。本巻の第三百二十三首も「深山の里」の明け方に鹿の声を聞き、同じ時と所を詠む。
二句「暁方の」の「暁方」は夜明け前のまだ暗いころである。本巻の第三百二十三首の結句「明け方の空」と対応する。
三句「鹿の音は」は、主題を示し、下の句でそれが何であるかを述べる。
四句「夜半のあはれの」の「夜半」は夜中である。「あはれ」は、しみじみと心を動かされる思いをいう。
結句「限りなりけり」の「限り」は極み、最上の意で、「けり」は気づきの詠嘆である。一夜のあわれの頂点であったと結ぶ。
あかつきがた:夜明け前のまだ暗いころ
よは:夜中
かぎり:極み、最上
- 作者
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慈円
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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聞くままにかたしく袖の濡るるかな 鹿の声には露や添ふらん
- 次の歌
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よそにだに身にしむ暮れの鹿の音に いかなる妻かつれなかるらん