夕まぐれさてもや秋は悲しきと
鹿の音聞かぬ人に問はばや
- 歌の意味
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夕暮れ時、鹿の声がなくても、それでもやはり秋は悲しいものかと、鹿の声を聞かない人に尋ねてみたいものだ。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 321
詞書は前の歌に続き「鹿の歌とてよめる」
「鹿の歌」として詠んだ歌である。秋の夕暮れがこれほど悲しいのは鹿の声のせいなのか、鹿の声を聞かない人にも、それでもやはり秋は悲しいのかと尋ねてみたい、と詠む。秋の悲しさのどれほどが鹿の声によるものなのかを確かめたいという形で、鹿の声の哀切さを際立たせている。
作者の「道因法師」は藤原敦頼である。藤原清孝の子で、晩年に出家した。歌道への執心の深さで知られ、小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌は、「鹿の歌」として詠まれた第三百十七首から第三百二十五首までの九首の一連の五首目である。
初句「夕まぐれ」は、夕方の薄暗いころである。本巻の第三百十七首第三百二十首と同じく、鹿の声と夕べとを結ぶ。
二句「さてもや秋は」の「さても」は、それでもやはり、の意で、鹿の声がなくても、という含みをもつ。「や」は疑問の係助詞である。
三句「悲しきと」は、二句の「や」を受けて連体形で結び、悲しいものかと、と問いの内容を示す。
四句「鹿の音聞かぬ」は、鹿の声を聞くことのない、の意で、山里から離れて暮らす人を思わせる。
結句「人に問はばや」の「ばや」は自己の願望を表す終助詞で、尋ねてみたいものだ、の意である。
ゆふまぐれ:夕方の薄暗いころ
とふ:尋ねる、問う
- 作者
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道因
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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よそにだに身にしむ暮れの鹿の音に いかなる妻かつれなかるらん
- 次の歌
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常よりも秋の夕べをあはれとは 鹿の音にてや思ひそめけん