虫の音は浅茅がもとに埋もれて
秋は末葉の色にぞありける
- 歌の意味
-
虫の声は浅茅の根もとに埋もれるように弱まってしまい、秋は今や浅茅の葉先の色に残るばかりであった。
- 鑑賞
-
巻第五 秋歌下 328
詞書は前の歌に続き「題しらず」
虫の声は浅茅の根もとに埋もれたように聞こえなくなり、秋は今や浅茅の葉先の色づきに残るばかりであった、と詠む。耳で聞く秋が衰え、目に見える色にだけ秋が残っているという、晩秋の移ろいを描いている。
作者の「寂蓮法師」は藤原俊海の子である。叔父の藤原俊成の養子となり、のちに出家した。新古今和歌集の撰者の一人に任じられ、小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第三百三十四首まで虫の歌が続く。また本巻の第三百三十五首は「秋の末葉」を詠み、本歌と同じ「末葉」の語を共有する。
初句「虫の音は」は主題を示す。本巻の第三百三十一首第三百三十三首第三百三十四首も、衰えてゆく虫の声を詠む。
二句「浅茅がもとに」の「浅茅」は丈の低い茅萱で、その根もとをいう。
三句「埋もれて」は、根もとに埋もれたように声が聞こえなくなることをいう。
四句「秋は末葉の」の「末葉」は草木の先の方の葉で、晩秋に色づき枯れてゆくところである。本巻の第三百三十五首も「秋の末葉」を詠む。
結句「色にぞありける」の「ぞ」は係助詞で、「ける」と連体形で結ぶ。「けり」は気づきの詠嘆で、秋は色にあるのだった、と結ぶ。
あさぢ:丈の低い茅萱
すゑば:草木の枝や茎の先の方の葉
うづもる:埋もれる、覆われて見えなくなる
- 作者
-
寂蓮
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
我が門の晩稲の引板に驚きて むろの刈田に鴫ぞ立つなる
- 次の歌
-
秋の夜のあはれは誰も知るものを 我のみと鳴くきりぎりすかな