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さりともと思ふ心も虫の音も
弱り果てぬる秋の暮れかな

歌の意味
それでもいつかはと頼みにしていた心も、虫の声も、すっかり弱り果ててしまった秋の暮れであることよ。
鑑賞
巻第五 秋歌下 333

詞書「保延のころほひ、身を恨むる百首歌よみ侍りけるに、虫の歌とてよみ侍りける」
 保延年間(1135〜1141)の頃、わが身の不遇を嘆く百首歌を詠んだ際に、虫の歌として詠んだ歌である。それでもいつかはと期待していた心も、虫の声も、どちらもすっかり弱り果ててしまった秋の暮れである、と詠む。衰えてゆく虫の声に、出世の望みを失いかけた自身の心を重ね、季節の終わりと人生の失意とを一つに詠んでいる。
 作者の「皇太后宮大夫俊成」は権中納言藤原俊忠の子である。後白河院の院宣を受けて本集、千載和歌集を撰んだ。藤原定家の父で、小倉百人一首にも歌が採られている。
 撰者自身の若き日の述懐の歌である。前々歌の第三百三十一首の「声弱りゆく」「秋の暮れぬる」と語を共有し、虫の声の衰えと秋の暮れとを重ねる。

 初句「さりともと」は、そうであっても、いつかはきっと、と望みをつなぐ気持ちを表す。
 二句「思ふ心も」は、そのように期待する自分の心も、の意で、三句の「虫の音も」と並べられる。
 三句「虫の音も」は、二句の「心も」と「も」を重ねて並置し、人の心と虫の声とを同列に置く。
 四句「弱り果てぬる」の「弱り果つ」はすっかり弱ってしまう意で、「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形である。心と虫の声の両方にかかる。本巻の第三百三十一首の「声弱りゆく」を受け、衰えがきわまったさまを示す。
 結句「秋の暮れかな」は、秋の終わりをいい、人生の衰えをも重ねる。「かな」は詠嘆である。本巻の第三百三十一首の「秋の暮れぬる」と対応する。

よわりはつ:すっかり弱ってしまう
作者
藤原俊成
出典
千載和歌集
前の歌
秋深くなりにけらしなきりぎりす 床のあたりに声聞こゆなり
次の歌
虫の音もまれになりゆくあだし野に ひとり秋なる月の影かな