古典和歌stream

さ夜更けて砧の音ぞたゆむなる
月を見つつや衣打つらん

歌の意味
夜が更けて、砧の音がとぎれがちになってきたようだ。月を眺めながら衣を打っているのだろうか。
鑑賞
巻第五 秋歌下 338

詞書「月前擣衣といへる心を」
 「月前擣衣」、すなわち月の前で衣を打つという題で詠んだ歌である。夜が更けて砧の音がとぎれがちになってきたのは、打つ人が月を眺めながら衣を打っているからだろうか、と詠む。音の途切れから、見えない打ち手が月に見とれているさまを思いやり、題の「月」と「擣衣」とを一つに結んでいる。
 作者の「仁和寺後入道法親王(覚性)」は鳥羽天皇の皇子である。仁和寺の第五世門跡となり、紫金台寺御室と呼ばれた。
 砧で衣を打つ擣衣は、唐の李白の詩「子夜呉歌」などに見え、遠く離れた夫を思う妻のわざとして詩歌に詠まれた。本歌から第三百四十二首まで擣衣の歌が続く。

 初句「さ夜更けて」の「さ」は接頭語で、「さ夜」は夜をいう。夜が更けて、と時を示す。
 二句「砧の音ぞ」の「砧」は、布を柔らかくし艶を出すために、台に載せて槌で打つことである。「ぞ」は係助詞で、三句の「なる」と連体形で結ぶ。
 三句「たゆむなる」の「たゆむ」は、途切れがちになる意である。「なる」は音によって判断する推定の助動詞で、ここで句切れとなる。
 四句「月を見つつや」の「つつ」は反復、継続を表し、「や」は疑問の係助詞で、結句の「らん」と連体形で結ぶ。月を見ながら、と題の「月前」を示す。
 結句「衣打つらん」の「らん」は現在推量の助動詞「らむ」で、衣を打っているのだろうか、と見えない打ち手を推し量る。次歌の第三百三十九首の二句「妹が打つらむ」も、同じく見えない打ち手を推し量る。

きぬた:布を柔らかくし艶を出すために、台に載せて槌で打つこと、またその台
たゆむ:途切れがちになる、緩む
さよ:夜
作者
覚性法親王
出典
千載和歌集
前の歌
秋の月千々に心を砕ききて 今宵一夜に堪へずもあるかな
次の歌
恋ひつつや妹が打つらむ唐衣 砧の音のそらになるまで