- 歌の意味
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秋が深まり、人の顔も見分けにくい黄昏時に、藤袴が香っているのは、まるで自ら名のっているような心地がする。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 344
詞書「暮尋草花といへる心をよませ給うける」
「暮尋草花」、すなわち夕暮れに秋の草花を尋ねるという題で詠んだ歌である。秋が深まり、薄暗くて「誰そ彼」と人を問うような黄昏時に、藤袴の香りが漂ってくるのは、まるで花の方から自分の名を名のっているような心地がする、と詠む。姿の見えにくい夕暮れに、香りで花のありかを知るという題の趣を、名のりという擬人化で巧みに表している。
作者の「崇徳院御製」は第七十五代の崇徳天皇である。鳥羽天皇の皇子で、保元の乱に敗れて讃岐に流された。久安百首を企て、藤原顕輔に詞花和歌集を撰ばせた。小倉百人一首にも歌が採られている。
古今和歌集の素性法師の歌に、藤袴の香りに誰が脱ぎかけた袴かと問うものがあり、藤袴は香りと人の名とを結びつけて詠まれてきた。
初句「秋深み」の「み」は、〜ので、と原因を表す接尾語で、秋が深まったので、の意である。本巻の第三百三十二首の「秋深く」と同じく、秋の深まりを示す。
二句「たそかれ時の」の「たそかれ」は夕暮れの薄暗いころをいい、「誰そ彼」と人を問う意を掛ける掛詞である。結句の「名のる」と呼応する。
三句「藤袴」は秋の七草の一つで、香りのよい花である。
四句「匂ふは名のる」の「名のる」は自分の名を告げることで、二句の「誰そ彼」という問いに答える形になっている。
結句「心地こそすれ」の「こそ」は強意の係助詞で、「すれ」と已然形で結ぶ。名のっているような心地がする、と強める。
たそかれ:夕暮れの薄暗いころの意と、「誰そ彼」と人を問う意を掛ける
ふぢばかま:秋の七草の一つで、香りのよい花
なのる:自分の名を告げる
- 作者
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崇徳院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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夕霧や秋のあはれをこめつらむ 分け入る袖に露の置きそふ
- 次の歌
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いかにして岩間も見えぬ夕暮れに 戸無瀬の筏落ちて来つらん