時雨れゆく四方の梢の色よりも
秋は夕べの変はるなりけり
- 歌の意味
-
時雨が降るたびに色づいてゆく四方の梢の色よりも、秋はいっそう、夕べの趣こそが変わってゆくのだった。
- 鑑賞
-
巻第五 秋歌下 355
詞書「秋の歌とてよめる」
秋の歌として詠んだ歌である。時雨が降るたびに色を変えてゆく四方の梢の色よりも、秋という季節は、夕べの趣こそがいっそう深く変わってゆくのだった、と詠む。目に見える紅葉の変化と比べて、夕べの気配という目に見えないものの変化を重く見ており、季節の移ろいを心でとらえている。
作者の「藤原定家」は本集の撰者藤原俊成の子である。のちに新古今和歌集、新勅撰和歌集の撰者となり、小倉百人一首を選んだとされる。
前歌までの二首が時雨が紅葉を染めることを詠んだのを受け、本歌はその梢の色よりも夕べが変わると転じている。
初句「時雨れゆく」は、時雨が降るたびに、の意で、時雨によって移ろってゆくさまを示す。前歌の第三百五十四首の「時雨れて」と同じ語を用いる。
二句「四方の梢の」の「四方」は東西南北、あたり一面、「梢」は木の枝の先である。
三句「色よりも」は、比較の基準を示し、目に見える紅葉の色を挙げる。
四句「秋は夕べの」は、目に見えない夕べの気配を、三句の「色」と対比させる。
結句「変はるなりけり」の「なり」は断定、「けり」は気づきの詠嘆で、夕べこそ変わるのだった、と結ぶ。
こずゑ:木の枝の先
よも:東西南北、あたり一面
しぐる:時雨が降る
- 作者
-
藤原定家
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
むら雲の時雨れて染むる紅葉葉は 薄く濃くこそ色に見えけれ
- 次の歌
-
おぼろけの色とや人の思ふらむ をぐらの山を照らす紅葉葉