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都にはまだ青葉にて見しかども
紅葉散りしく白川の関

歌の意味
都ではまだ青葉として見たのだけれども、ここ白川の関では紅葉が一面に散り敷いている。
鑑賞
巻第五 秋歌下 365

詞書は前の歌に続き「嘉応二年法住寺殿の殿上歌合に、関路落葉といへる心をよみ侍りける」
 都を出るときにはまだ青葉であったのに、はるばる旅をしてたどり着いた白川の関では、もう紅葉が一面に散り敷いている、と詠む。青葉から落葉への色の移り変わりによって、都からの道のりの遠さと、旅に費やした月日の長さとを表している。
 作者の「前右京権大夫頼政」は兵庫頭源仲正の子である。保元、平治の乱を経て従三位に至り、源三位と呼ばれた。治承四年(1180)、以仁王を奉じて平家打倒の兵を挙げ、宇治で敗れて自害した。
 嘉応二年(1170)、後白河院の御所法住寺殿で催された殿上歌合で、「関路落葉」、すなわち関所への道に散る落葉という題で詠んだ歌である。本歌は同じ題による第三百六十一首から第三百六十五首までの五首の一連の五首目で、須磨、清見潟、逢坂、白川と、各地の関が詠まれる。
 本歌は後拾遺和歌集の能因法師の歌「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」を本歌とし、能因の歌の霞と秋風を、青葉と紅葉に置き換えている。

 初句「都には」は、旅立ちの地を示す。能因法師の歌の「都をば」を踏まえる本歌取りの句である。
 二句「まだ青葉にて」は、まだ青葉のままで、の意で、四句の「紅葉」と色の対比をなす。
 三句「見しかども」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形、「ども」は逆接の接続助詞で、見たけれども、の意である。
 四句「紅葉散りしく」の「散りしく」は散って一面に敷き詰める意である。前歌の第三百六十四首の「散りしけば」と同じ語を用いる。
 結句「白川の関」は体言止めで、前歌の第三百六十四首と同じ結句である。都と白川の関という遠近の対比を最後に示し、「関路落葉」の一連を結ぶ。

しらかはのせき:陸奥国の関で、能因法師の歌などで名高い歌枕
ちりしく:散って一面に敷き詰める
あをば:青々とした若葉
作者
源頼政
出典
千載和歌集
前の歌
紅葉葉のみな紅に散りしけば 名のみなりけり白川の関
次の歌
さざ波や比良の高嶺の山おろし 紅葉を湖のものとなしつる