竜田山散る紅葉葉を来て見れば
秋は麓に帰るなりけり
- 歌の意味
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竜田山に散る紅葉を来て見ると、秋は山の麓へと帰ってゆくのだった。
- 鑑賞
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巻第五 秋歌下 385
詞書「承暦二年内裏歌合に紅葉をよめる」
承暦二年(1078)に白河天皇の内裏で催された歌合で、紅葉の題で詠んだ歌である。竜田山に散る紅葉を実際に来て見ると、秋は山の上から麓へと帰ってゆくのだった、と詠む。紅葉が山の上から散り下ってゆくさまを、秋が麓へ帰ってゆく姿と見なし、去りゆく秋を描いている。
作者の「前中納言匡房」は大江成衡の子である。学者として名高く、権中納言、大宰権帥を務めた。小倉百人一首にも歌が採られている。
本巻の第三百六首も同じ承暦二年の内裏歌合で詠まれた歌である。また本巻の第三百七十三首は竜田山の「麓の里」に嵐の便りとして紅葉を見たが、本歌は散る紅葉とともに秋が麓へ帰ってゆくと詠む。
初句「竜田山」は大和国の紅葉の名所である。本巻の第三百六十七首第三百七十三首と同じ初句である。
二句「散る紅葉葉を」は、見る対象を示す。
三句「来て見れば」は、実際に来て見ると、の意で、発見のきっかけを示す。本巻の第三百七十首の「今日見れば」と同じく、実際に見て知ったことを詠む。
四句「秋は麓に」の「麓」は山のすそである。本巻の第三百七十三首の「麓の里」と同じ語を用いる。
結句「帰るなりけり」の「なり」は断定、「けり」は気づきの詠嘆で、秋は麓へ帰ってゆくのだった、と秋を擬人化して結ぶ。
ふもと:山のすそ
たつたやま:大和国の山で、紅葉の名所
- 作者
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大江匡房
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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明けぬともなほ秋風はおとづれて 野辺のけしきよ面変はりすな
- 次の歌
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今宵まで秋は限れと定めける 神代もさらに恨めしきかな