時雨れつる真屋の軒端のほどなきに
やがて差し入る月の影かな
- 歌の意味
-
さっきまで時雨が降っていた真屋の軒端は短く、時雨がやんでほどもないのに、すぐさま差し込んでくる月の光であることよ。
- 鑑賞
-
巻第六 冬歌 414
詞書「円位法師人々に勧めて、百首の歌よませ侍りけるとき、時雨の歌とてよめる」
円位法師、すなわち西行が人々に勧めて百首歌を詠ませた折の時雨の歌で、いわゆる二見浦百首の一首である。時雨の降っていた真屋の軒端は短く、時雨がやんでほどもないのに、すぐさま月の光が差し込んでくる、と詠む。降ってはすぐにやむ時雨の移ろいやすさと、晴れ間に差す冬の月の光とを、軒端の短い住まいからとらえている。
作者の「藤原定家」は本集の撰者藤原俊成の子である。のちに新古今和歌集、新勅撰和歌集の撰者となり、小倉百人一首を選んだとされる。
本歌と次歌の第四百十五首は、西行の勧めによる百首歌の時雨の歌である。西行は出家後の法名を円位という。
初句「時雨れつる」の「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形で、今しがたまで時雨が降っていた、の意である。
二句「真屋の軒端の」の「真屋」は、屋根を両側に葺きおろした切妻造りの家である。「軒端」は軒の端をいう。本巻の第四百十六首も「軒端に時雨」と同じ語を詠む。
三句「ほどなきに」の「ほど」は、軒端の出が短く狭いという空間の意と、時雨がやんで間もないという時間の意とを掛ける掛詞である。
四句「やがて差し入る」の「やがて」は、すぐに、そのまま、の意である。本巻の第四百十六首も「やがて軒端に」と同じ語を置く。
結句「月の影かな」の「影」は月の光である。「かな」は詠嘆の終助詞で、時雨のあとの月光への感動を示す。
まや:屋根を両側に葺きおろした切妻造りの家
のきば:軒の端
ほど:軒端の出が短く狭い意の空間の程度と、時雨がやんで間もない意の時間の程度とを掛ける
かげ:月の光
- 作者
-
藤原定家
- 出典
-
千載和歌集
- 前の歌
-
ふりはへて人も訪ひ来ぬ山里は 時雨ばかりぞ過ぎがてにする
- 次の歌
-
玉梓に涙のかかる心地して 時雨るる空に雁の鳴くなる