つららゐて磨ける影の見ゆるかな
まことに今や玉川の水
- 歌の意味
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氷が張って、磨き上げたような光が見えることよ。今こそまことに、その名のとおりの玉川の水であろうか。
- 鑑賞
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巻第六 冬歌 442
詞書「百首歌召しける時、氷の歌とてよませ給うける」
崇徳院が百首歌、いわゆる久安百首を召した折に、氷の題で自ら詠んだ歌である。氷が張って、磨き上げたような光が見える、今こそまことにその名のとおりの玉川の水であろう、と詠む。凍った川面の輝きを磨いた玉に見立て、玉川という地名にふさわしい姿になったと興じている。
作者の「崇徳院御製」は第七十五代の崇徳天皇である。鳥羽天皇の皇子で、保元の乱に敗れて讃岐に流された。久安百首を企て、藤原顕輔に詞花和歌集を撰ばせた。小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌と次歌の第四百四十三首は久安百首の氷の歌で、ともに歌枕の「玉川」を結句に置いて対をなしている。久安百首は、崇徳院が藤原顕輔、藤原俊成らに召した百首歌で、久安六年(1150)に詠進された。
初句「つららゐて」の「つらら」は水面に張った氷、「ゐる」は氷が張る意である。本巻の第四百三十四首の「つららゐにけり」と同じ語である。
二句「磨ける影の」の「磨ける」は磨き上げた、の意で、「影」は光、輝きをいう。氷の輝きを磨いた玉に見立てる。
三句「見ゆるかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、ここで句切れとなる。
四句「まことに今や」の「や」は疑問の係助詞で、今こそまことに、と結句の地名の名にふさわしいことを確かめる。
結句「玉川の水」は体言止めである。「玉川」は諸国にある歌枕で、「玉」の名に、磨いた玉のような氷の輝きがかなっている、と興じる。次歌の第四百四十三首は「玉川の里」と結ぶ。
つらら:水面に張った氷
ゐる:氷が張る
かげ:光、輝き
たまがは:諸国にある歌枕
- 作者
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崇徳院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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月の澄む空には雲もなかりけり 映りし水は氷隔てて
- 次の歌
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月冴ゆる氷の上に霰降り 心砕くる玉川の里