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消ゆるをや都の人は惜しむらん
今朝山里に払ふ白雪

歌の意味
消えてゆくのを、都の人は惜しんでいるのだろうか。今朝、山里では邪魔なものとして払いのけている白雪を。
鑑賞
巻第六 冬歌 448

詞書は前の歌に続き「百首歌の中に、雪の歌とてよませ給うける」
 久安百首の雪の歌である。都の人は雪が消えるのを惜しんでいるのだろうか、今朝山里では払いのけている白雪を、と詠む。雪を風雅なものとして惜しむ都の人と、日々の暮らしの妨げとして払いのける山里の人との違いを対比し、雪に閉ざされる山里の暮らしの厳しさを示している。
 作者の「藤原清輔朝臣」は左京大夫藤原顕輔の子である。六条藤家の歌学を継ぎ、歌学書「袋草紙」「奥義抄」を著した。小倉百人一首にも歌が採られている。
 第四百四十六首から第四百四十八首までの三首は、崇徳院の久安百首の雪の歌である。久安百首は、崇徳院が藤原顕輔、藤原俊成らに召した百首歌で、久安六年(1150)に詠進された。

 初句「消ゆるをや」の「や」は疑問の係助詞で、二句の「らん」と連体形で結ぶ。雪が消えてゆくのを、の意である。
 二句「都の人は」は、山里の自分たちと対比される都の人々である。本巻の第四百十九首も都と山里とを対比させている。
 三句「惜しむらん」は、惜しんでいるのだろうか、と都の人の心を推し量る。ここで句切れとなる。
 四句「今朝山里に」は、都と対比される山里で、今朝、の意である。
 結句「払ふ白雪」は体言止めである。「払ふ」は払いのける意で、山里では雪が厄介なものであることを示す。

をしむ:惜しむ、名残惜しく思う
はらふ:払いのける
作者
藤原清輔
出典
千載和歌集
前の歌
冴え渡る夜半の気色に深山辺の 雪の深さをそらに知るかな
次の歌
霜枯れの籬の内の雪見れば 菊よりのちの花もありけり