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帰り来む程も定めぬ別れ路は
都の手振り思ひ出にせよ

歌の意味
帰ってくる時も定まらない別れの旅路では、都の風俗を思い出の種にしなさい。
鑑賞
巻第七 離別歌 479

詞書「堀河院御時、百首歌たてまつりける時、別れの心をよみ侍りける」
 堀河天皇の時代に百首歌を詠進した折、別れの題で詠んだ歌である。いつ帰ってくるとも定まらない別れの旅路では、都の風俗を思い出のよすがにしなさい、と旅立つ人に呼びかける。遠い地での暮らしが長くなっても、都の雅やかなならわしを心に保ってほしいという、送る側の思いやりがこめられている。
 作者の「大納言公実」は藤原公実である。権大納言藤原実季の子で、大納言に至った。鳥羽天皇の中宮となった待賢門院璋子の父であり、堀河百首の作者の一人である。
 本歌から第四百八十一首までの三首は、堀河百首の別れの歌である。堀河百首は、堀河天皇の時代に源俊頼、藤原公実らが題を分けて百首ずつ詠んだもので、後の百首歌の規範となった。
 「都の手振り」の語は、万葉集の山上憶良の歌に、鄙の地に長く住むうちに都の手振りを忘れてしまったと嘆くものがあり、その語を用いている。

 初句「帰り来む」の「む」は推量の助動詞の連体形で、帰ってくるであろう、の意である。本巻の第四百八十二首も同じ「帰り来む」で始まる。
 二句「程も定めぬ」の「程」は時期、「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形で、いつとも定まらない、の意である。第四百八十二首の「定めなき身」とも響き合う。
 三句「別れ路は」の「別れ路」は、別れて行く道、旅路の意である。本巻では第四百八十七首、第四百九十一首、第四百九十五首にも「別れ路」の語が見える。
 四句「都の手振り」の「手振り」は、風俗、ならわしの意である。万葉集の山上憶良の歌の語を踏まえる。
 結句「思ひ出にせよ」の「せよ」はサ変動詞「す」の命令形で、旅先で都を思い出すよすがにせよ、と呼びかける。

わかれぢ:別れて行く道、旅路
てぶり:風俗、ならわし
作者
藤原公実
出典
千載和歌集
前の歌
鳴き弱る籬の虫もとめがたき 秋の別れや悲しかるらん
次の歌
行く末を待つべき身こそ老いにけれ 別れは道の遠きのみかは