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行く末を待つべき身こそ老いにけれ
別れは道の遠きのみかは

歌の意味
あなたが帰ってくる行く末を待たなければならない私の身は、年老いてしまった。別れのつらさは、道のりが遠いことだけであろうか、いや、そうではない。
鑑賞
巻第七 離別歌 480

詞書は前の歌に続き「堀河院御時、百首歌たてまつりける時、別れの心をよみ侍りける」
 堀河百首の別れの題の歌である。旅立った人の帰りという行く末を待たなければならない自分は、すっかり年老いてしまった、別れがつらいのは道のりが遠いことだけであろうか、と詠む。遠く離れるつらさに加え、老いた身には再会の日まで生きていられるかわからないという不安がある、という嘆きをこめている。
 作者の「前中納言匡房」は大江成衡の子である。学者として名高く、権中納言、大宰権帥を務めた。小倉百人一首にも歌が採られている。
 前歌に続く堀河百首の別れの歌で、一連の二首目である。

 初句「行く末を」の「行く末」は将来の意で、旅立った人の帰りを待つ先の日々をいう。
 二句「待つべき身こそ」の「こそ」は強意の係助詞で、三句の「けれ」と已然形で結ぶ。
 三句「老いにけれ」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「けれ」は詠嘆の助動詞「けり」の已然形で、すっかり老いてしまったことだ、の意となる。ここで句切れとなる。
 四句「別れは道の」は、別れのつらさは道のりの、の意である。前歌の「別れ路」を受け、別れを道の遠さとして捉える。
 結句「遠きのみかは」の「かは」は反語で、道が遠いことだけであろうか、いやそうではない、の意である。老いによって再会がおぼつかないことをほのめかす。

ゆくすゑ:将来、これから先
作者
大江匡房
出典
千載和歌集
前の歌
帰り来む程も定めぬ別れ路は 都の手振り思ひ出にせよ
次の歌
忘るなよかへる山路に跡絶えて 日数は雪のふり積もるとも