- 歌の意味
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旅の狩衣の袖を濡らす涙に月の光が映って宿る夜は、月もまた旅寝をしているような気持ちがすることだ。
- 鑑賞
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巻第八 羈旅歌 509
詞書「百首歌召しける時、旅歌とてよませ給うける」
崇徳院が百首歌を召した時、すなわち久安百首で、院自ら旅の題で詠んだ歌である。旅の狩衣の袖の涙に月の光が映って宿る夜は、月もまた旅寝をしているような気持ちがする、と詠む。涙に濡れた袖に映る月を、自分とともに旅寝をする月と見立て、旅の悲しみと月への親しみとを重ねている。
作者の「崇徳院御製」は第七十五代の崇徳天皇である。鳥羽天皇の第一皇子で、譲位後に久安百首を召し、詞花和歌集を藤原顕輔に撰ばせた。保元元年(1156)の保元の乱に敗れて讃岐に流され、その地で没した。小倉百人一首にも歌が採られている。
本歌から第五百十五首までの七首は、久安百首の旅の歌である。久安百首は崇徳院が久安年間に召した百首歌で、本集に多くの歌が採られている。
初句「狩衣」は、もとは狩りに着る衣で、旅の衣として詠まれる。
二句「袖の涙に」は、旅の悲しみに流す涙で濡れた袖に、の意である。
三句「宿る夜は」の「宿る」は、月の光が涙に映ることを月が宿ると見立てたものである。巻頭の第四百九十八首の、月が清水に宿るという趣向と通じている。
四句「月も旅寝の」の「も」は、私と同じように月も、の意で、月を旅の道連れと見る。
結句「心地こそすれ」の「こそ」は強意の係助詞で、「すれ」と已然形で結ぶ。本巻の第五百十七首も同じ「心地こそすれ」を結句とする。
かりごろも:もとは狩りに着た衣で、旅装としても用いた
- 作者
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崇徳院
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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さ夜深き雲居に雁も音すなり 我ひとりやは旅の空なる
- 次の歌
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松が根の枕も何かあだならむ 玉の床とて常の床かは