- 歌の意味
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道中ずっと、心も上の空で空のかなたに眺めやっていた都の山が、とうとう雲に隠れてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 羈旅歌 513
詞書は前の歌に続き「百首歌召しける時、旅歌とてよませ給うける」
久安百首の旅の題の歌である。旅の道中ずっと、心も上の空で眺めやっていた都の山が、とうとう雲に隠れてしまった、と詠む。都を離れるにつれて振り返り見ていた都の山がついに見えなくなった瞬間をとらえ、都との隔たりが決定的になった心細さを表している。
作者の「待賢門院堀川」は神祇伯源顕仲の娘である。鳥羽天皇の中宮待賢門院璋子に仕え、久安百首の作者の一人である。小倉百人一首にも歌が採られている。
久安百首の旅の歌の一連の五首目である。
初句「道すがら」は、道中ずっと、の意である。
二句「心もそらに」の「そら」に、心がうわついて上の空である意と、眺めやる空の意とを掛ける。
三句「眺めやる」は、遠くを見やる、の意で、四句の「都の山」にかかる。
四句「都の山の」は都を囲む山々で、都を離れても振り返って見えていた山をいう。
結句「雲隠れぬる」の「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」の連体形で、雲に隠れてしまった、と連体形止めで余情を残す。
そら:上の空の意と、空の意を掛ける
ながめやる:遠くを見やる
くもがくる:雲に隠れる
- 作者
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待賢門院堀河
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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更級や姨捨山に月見ると 都に誰か我を知るらん
- 次の歌
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笹の葉を夕暮ながら折り敷けば 玉散る旅の草枕かな