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藻塩草しきつの浦の寝覚めには
時雨にのみや袖は濡れける

歌の意味
藻塩草を敷く敷津の浦での旅寝で目覚めた時には、時雨にだけ袖は濡れたのだろうか、いや、涙にも濡れたのだ。
鑑賞
巻第八 羈旅歌 526

詞書は前の歌に続き「住吉社の歌合とて、人々よみ侍りける時、旅宿時雨といへる心をよみ侍りける」
 前歌に続き、住吉社歌合で旅宿の時雨の題を詠んだ歌である。藻塩草を敷く敷津の浦での旅寝で目覚めた時には、時雨にだけ袖は濡れたのだろうか、いや、涙にも濡れたのだ、と詠む。住吉の近くの敷津の浦を詠みこみ、寝覚めの寂しさに流す涙を、時雨にことよせて表している。
 作者の「俊恵法師」は源俊頼の子である。東大寺の僧で、京の白川の僧坊を歌林苑と名づけて多くの歌人を集めた。鴨長明の師としても知られ、小倉百人一首にも歌が採られている。
 住吉社歌合の旅宿時雨の題の二首目である。

 初句「藻塩草」は塩を取るために焼く海藻で、二句の「しき」を導く。
 二句「しきつの浦の」の「しき」に、藻塩草を敷く意と、摂津国の住吉の近くにある敷津の浦とを掛ける。
 三句「寝覚めには」は、旅寝の夜中に目を覚ました時には、の意である。
 四句「時雨にのみや」の「のみ」は限定の副助詞、「や」は反語の係助詞で、結句の「ける」と連体形で結ぶ。
 結句「袖は濡れける」の「ける」は過去の助動詞「けり」の連体形で、袖は時雨にだけ濡れたのだろうか、いや涙にも濡れたのだ、の意となる。

もしほぐさ:塩を取るために焼く海藻
しきつ:藻塩草を敷く意と、摂津国の敷津の浦を掛ける
ねざめ:夜中に目を覚ますこと
作者
俊恵
出典
千載和歌集
前の歌
風の音にわきぞかねまし松が根の 枕に漏らぬ時雨なりせば
次の歌
玉藻葺く磯屋が下に漏る時雨 旅寝の袖もしほたれよとや