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旅寝する須磨の浦路の小夜千鳥
声こそ袖の波はかけけれ

歌の意味
旅寝をする須磨の浦辺の夜の千鳥よ。その鳴く声こそが、私の袖に涙の波をかけたのだ。
鑑賞
巻第八 羈旅歌 536

詞書「百首歌よみ侍りける時、旅の歌とてよめる」
 百首歌を詠んだ時に、旅の題で詠んだ歌である。旅寝をする須磨の浦辺の夜の千鳥よ、その鳴く声こそが、私の袖に涙の波をかけたのだ、と詠む。海の波ではなく、千鳥の鳴く声に誘われて流す涙こそが袖を濡らすと詠み、須磨の浦での旅寝の悲しみを表している。
 作者の「藤原家隆」は権中納言藤原光隆の子である。藤原俊成に和歌を学び、従二位宮内卿に至った。のちに新古今和歌集の撰者の一人となり、小倉百人一首にも歌が採られている。
 前歌に引いた源兼昌の歌は、須磨の関守が千鳥の声に寝覚めると詠んでおり、本歌の須磨の夜の千鳥もこれに通じる。前歌が関守を思いやるのに対し、本歌は旅寝をする自らが千鳥の声に泣く。

 初句「旅寝する」は、旅寝をする、の意で、二句の「須磨の浦路」にかかる。本巻の第五百三十八首、第五百三十九首も同じ「旅寝する」で始まる。
 二句「須磨の浦路の」の「浦路」は浦辺の道、海辺をいう。
 三句「小夜千鳥」は夜に鳴く千鳥で、呼びかけとなる。ここで句切れとなる。
 四句「声こそ袖の」の「こそ」は強意の係助詞で、結句の「けれ」と已然形で結ぶ。海の波ではなく千鳥の声こそが、の意である。
 結句「波はかけけれ」の「波」は袖を濡らす涙の波で、海辺の縁で波という。本巻の第五百三十一首の「波もかけけり」と同じく、袖に波がかかる趣向を詠む。

うらぢ:浦辺の道、海辺
さよちどり:夜に鳴く千鳥
作者
藤原家隆
出典
千載和歌集
前の歌
いつもかく有明の月の明け方は 物や悲しき須磨の関守
次の歌
かくしつつつひに泊まらむ蓬生の 思ひ知らるる草枕かな