年を経て君が見馴れし真澄鏡
昔の影は止まらざりけり
- 歌の意味
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長い年月、父君が見慣れていた澄んだ鏡よ。けれども、そこに映っていた昔の面影はとどまってはいなかったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 565
詞書「恒徳公隠れ侍りて後、かの常に見侍りける鏡の、物の中に侍りけるを見てよみ侍りける」
父の恒徳公、すなわち太政大臣藤原為光が亡くなったのち、父がいつも見ていた鏡が遺品の中にあったのを見て詠んだ歌である。長年父君が見慣れていた澄んだ鏡よ、けれども昔の面影はとどまっていなかった、と詠む。毎日父の姿を映していた鏡は変わらず残っているのに、そこにもう父の姿はないという、物と人との対比によって喪失の悲しみを表している。為光は正暦三年(992)に没した。
作者の「藤原道信朝臣」は太政大臣藤原為光の子である。左近衛中将に至ったが、正暦五年(994)に二十三歳の若さで没した。中古三十六歌仙の一人で、小倉百人一首にも歌が採られている。
初句「年を経て」は、長い年月を経て、の意である。
二句「君が見馴れし」の「君」は父の為光を指し、「し」は過去の助動詞「き」の連体形で、見慣れていた、の意である。
三句「真澄鏡」はよく澄んだ鏡の意で、名詞で言い切って詠嘆をこめる。ここで句切れとなる。
四句「昔の影は」の「影」は鏡に映った姿で、生前の父の面影をいう。
結句「止まらざりけり」の「ざり」は打消しの助動詞「ず」の連用形、「けり」は気づきの詠嘆で、とどまっていなかったことだ、の意である。本巻の第五百七十八首、第五百七十九首も「止む」「止まる」の語で、とどめられない涙を詠む。
ますかがみ:よく澄んだ鏡
かげ:姿、面影
- 作者
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藤原道信
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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いづかたの雲路と知らば尋ねまし 列離れけん雁がゆくへを
- 次の歌
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常よりもまた濡れ添ひし袂かな 昔をかけて落ちし涙に