あやめ草うきねを見ても涙のみ
かくらん袖を思ひこそやれ
- 歌の意味
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水に浮く菖蒲の根を見ても、つらさに泣く音を思い、涙ばかりを掛けているであろうあなたの袖を、心から思いやることだ。
- 鑑賞
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巻第九 哀傷歌 573
詞書「返事」
前歌の藤原俊忠の歌への返歌である。菖蒲の浮いた根を見ても、涙ばかりを掛けているであろうあなたの袖を思いやる、と詠む。前歌の菖蒲の根と泣く音の掛詞を受け、さらに「浮き」に「憂き」を重ねて、父を失った友の悲しみを深く思いやっている。
作者の「中納言国信」は右大臣源顕房の子である。権中納言に至り、堀河院歌壇で活躍した。堀河百首の作者の一人である。
前歌の第五百七十二首との贈答で、前歌の「あやめ」「ね」の掛詞を受けて返している。
なお本文の四句は「かくらん袖を」とあり、読み仮名の行の「かからむそてを」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「あやめ草」は菖蒲で、前歌の「あやめ」を受ける。本巻の第五百五十六首も同じ「あやめ草」で始まる。
二句「うきねを見ても」の「うきね」は、水に浮く菖蒲の根に、憂き音すなわちつらさに泣く声を掛ける掛詞である。前歌の「ね」を受ける。
三句「涙のみ」は、涙ばかりを、の意である。
四句「かくらん袖を」の「かく」は、根を袖に掛ける意と、涙を袖に掛ける意を重ね、「らん」は現在推量の助動詞で、掛けているであろう袖を、の意である。
結句「思ひこそやれ」の「こそ」は強意の係助詞で、「やれ」と已然形で結ぶ。思いやることだ、の意である。次歌の第五百七十四首は初句を「思ひやれ」と、同じ語で始めている。
うきね:水に浮く菖蒲の根と、憂き音すなわちつらさに泣く声を掛ける
おもひやる:人の身の上や心を推し量る
- 作者
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源国信
- 出典
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千載和歌集
- 前の歌
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墨染の袂にかかるねを見れば あやめも知らぬ涙なりけり
- 次の歌
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思ひやれむなしき床をうち払ひ 昔をしのぶ袖のしづくを