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限りありて人はかたがた別るとも
涙をだにも止めてしがな

歌の意味
喪に服する期間には限りがあって、人々はそれぞれの方へ別れてゆくとしても、せめて涙だけでもここにとどめておきたいものだ。
鑑賞
巻第九 哀傷歌 578

詞書「待賢門院隠れさせ給ひて後、御忌果てて方々に帰らせ給ひける日、よませ給うける」
 母の待賢門院が亡くなったのち、忌みの期間が終わり、喪に籠もっていた人々がそれぞれの所へ帰ってゆく日にお詠みになった歌である。忌みの期間には限りがあって人々はそれぞれ別れてゆくとしても、せめて涙だけでもここにとどめておきたい、と詠む。人は去っても、亡き母をしのぶ涙だけはこの場に残しておきたいという、尽きない追慕の思いを表している。待賢門院は久安元年(1145)に没した。
 作者の「崇徳院御製」は、鳥羽天皇の第一皇子で第七十五代の天皇であった崇徳院の詠んだ歌を示す。母は待賢門院璋子である。保元の乱に敗れて讃岐に配流され、その地で没した。久安百首を催し、詞花和歌集を下命した。小倉百人一首にも歌が採られている。
 次歌の第五百七十九首は、本歌に答えた上西門院兵衛の返歌である。

 初句「限りありて」は、忌みの期間に限りがあって、の意である。本巻の第五百九十二首も同じ「限りありて」で始まり、服喪の定めを詠む。
 二句「人はかたがた」の「かたがた」は、それぞれの方へ、の意で、喪に籠もっていた人々が散ってゆくことをいう。
 三句「別るとも」の「とも」は逆接の仮定条件で、別れてゆくとしても、の意である。
 四句「涙をだにも」の「だに」は最小限を示す副助詞で、せめて涙だけでも、の意である。
 結句「止めてしがな」の「てしがな」は願望の終助詞で、とどめておきたいものだ、の意である。次歌の第五百七十九首は「止まらざりけれ」と受けて返す。

いみ:人の死後、一定の期間身を慎んで喪に服すること
かたがた:それぞれの方面、めいめい
作者
崇徳院
出典
千載和歌集
前の歌
打ち鳴らす鐘の音にや長き夜も 明けぬなりとは思ひ知るらん
次の歌
散り散りに別るる今日の悲しさに 涙しもこそ止まらざりけれ