- 歌の意味
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千年も澄み続ける池の汀の八重桜は、その影までも水底に重ねて見えることだ。
- 鑑賞
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巻第十 賀歌 613
詞書「堀河院御時、鳥羽殿に行幸の日、池上花といへる心を詠み侍りける」
堀河天皇が鳥羽殿に行幸した日に、「池の上の花」という題で詠んだ歌である。千年も澄む池の汀に咲く八重桜は、その影までも水底に重ねて見える、と詠む。花びらを八重に重ねる桜が水面に映り、さらに影を重ねるという趣向で、重なる花の姿に御代の年の重なりを祝う心をこめている。
作者の「権中納言俊忠」は大納言藤原忠家の子である。権中納言に至り、本集の撰者藤原俊成の父にあたる。
本巻の第六百三十一首も「千歳すむべき宿の池水」と、千年すむ池を詠んでいる。
初句「千歳すむ」の「すむ」は、水が澄む意の「澄む」と、池が千年も続いてそこにある意の「住む」を掛ける。第六百三十一首の四句「千歳すむべき」と共通する。
二句「池の汀の」の「汀」は水際である。題の「池上」を受ける。
三句「八重桜」は花びらが幾重にも重なる桜である。「八重」は結句の「重ねて」と縁語になる。
四句「影さへ底に」の「影」は水に映った桜の姿、「さへ」は添加の副助詞で、影までも水底に、の意である。
結句「重ねてぞ見る」の「ぞ」は強意の係助詞で、「見る」の連体形で結ぶ。花の八重に加え、水底の影まで重ねて見る、の意である。
すむ:水が澄む意と、住む意を掛ける
みぎは:水際
かげ:水に映った姿
ぎやうがう:天皇の外出、行幸
- 作者
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藤原俊忠
- 出典
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千載和歌集
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掘り植ゑし若木の梅に咲く花は 年も限らぬ匂ひなりけり
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